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口永良部島へ初めて訪れる [口永良部島 滞在記 - The Origin –]

戦友との熱海での出会いから約2ヵ月後の2013年3月、口永良部島に訪れる機会が出来た。社会起業・政策学校 一新塾の現場研修としての案内がメールで送られて来て、参加の応答をした。同時期に一新塾で学んでいた塾生は100名程度と記憶しているが、口永良部島は流石に遠隔地ともあってか、口永良部島への訪問者は塾長、塾生F氏、僕の3名のみだった。ともすると人気の現場研修は参加者も多く、それが故に押しの強い参加者もおり、シャイな僕のような人間には薄っぺらな研修にもなってしまいがちだが、少人数での催行は幸運だった。戦友も含めて4名でじっくり話が出来ると思ったからだ。

鹿児島港南ふ頭から「フェリー 屋久島2」にて屋久島へ向かった。フェリーに乗るのは初めての経験だ。僕は岐阜県出身、岐阜には海はないし、京都での大学生活、東京での就職後も海が自分の生活と共にあったことはない。全てが新鮮だった。

屋久島 宮之浦港に到着し、口永良部島 本村港へ向かう町営船「フェリー太陽」で一新塾 塾長、F氏と落ち合う。聞けばF氏は機械商社をシンガポールで社長として経営していると言う。世界は狭い。

(フェリー太陽)
100.JPG

フェリー太陽の中で、塾長、F氏、僕の3名で口永良部島に訪問する前の予習をすることにした。いや、口永良部島に関する予習と言うよりは我が戦友に関する予習である。一新塾では、理念、論理、理屈も大事だが、まずは「人」を重視せよと教える。

戦友が南日本新聞へ寄稿していた連載記事(若者の過疎の島での移住生活の記事ですね)や代表理事として活動していた「社団法人へきんこの会」HPの紙出力していたものなどを読んでいたと思う。しかし、1時間40分の航海中には皆だんだんと無口になって行ったかと思う。外洋を行くフェリー太陽の船室は大抵の乗船者は船内で横になってくつろぐ。酔ってしまうからだ。何か資料などを読もうとするのは、当時の僕らのような海を知らない者達の所業である。

当日、差ほど波は無かった様に記憶している。それでも塾長が船酔いで気分を悪くしていた姿を今も思い出す。ただ無事のこと3名は口永良部島へ辿り着き口永良部島の港にて戦友の出迎えを受けた。

(口永良部島 本村港へ着く)
102.JPG

以上

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